ポリ画報通信

「ポリ画報」の活動、関連情報、ノート

6月(夢生活)

睡眠中の脳の活動が夢としてあらわれる。内臓など諸器官は、人が眠っているときも覚めているときも、ひとりでに活動している。生きるという目的に適った活動をしている。脳の活動もそうだろう。そういう点では、毎日体温を測って値を書くようなことと、夢を…

5月(夢の作業と俳句)

睡眠中の夢を起床後ざっと記述して、それから夢を俳句形式でいいあらわすという試みを続けている。夢の全体をいおうとするのでなく、夢を思い出して考えて発見できたこと、いいかえればその夢をどう発見したかということを書く。その夢から何を取り出すか、…

4月(俳句俳諧一行詩)

区立図書館が急に休館になり、借りていた本が手許に残った。『現代俳句全集 五』(1978、立風書房)。阿部完市の俳句に興味があり、この本を借りていた。 絵本の空(昭和37-43年) より 町への略図にある三日月と白いバス 他国見る絵本の空にぶら下り 起床し…

3月(社会の不自由を生きる)

背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和 (練馬区立美術館) 閉まっている美術館が多いなか津田青楓展を見に行った。背くとは上手い言葉を見つけたと思う。タイトル通りの内容で、展示資料によって時代的理解が深まる。 まず、図案画、刺繍、装幀など、…

2月(タイトルされるもの/タイトルするもの)

岡﨑乾二郎 視覚のカイソウ (豊田市美術館) 答えを出す、というのが四谷アートステュディウムのテーゼのようなものとしてあったと思う。本展は、岡﨑さんはこのように答えを出してきたということを見せている。答えの出し方は発明的だ。技法、素材、構造、…

1月(音声詩の上演)

工藤あかね&松平敬 Voice Duo vol.2 あいうえお (近江楽堂) 工藤あかね(ソプラノ)、松平敬(バリトン、物体) 音声詩的なところのある作品が集められた興味深い企画。音声詩そのものというより、言葉が素材となっているものが多かった。 一曲目『物体を…

12月(詩の機会)

Fushigi N°5 の大追跡 ( Café&Bar Kichi ) 橘上、永澤康太 詩を読むことは詩を経験することになるが、必ずしもそうなるとは限らない。詩を経験するとは、詩の機会に恵まれるというようなことなのだろう。 今回このユニットは二人で、何をやるかを決めたう…

11月(作品にしない倫理)

DECODE/出来事と記録 – ポスト工業化社会の美術 (埼玉県立近代美術館) やろうとしたことがいろいろあって、詰め込まれた企画だ。 ・作家関根伸夫の、もの派だけでない文脈を示す。 ・実物が残っていない作品を、記録や資料によって展示する。 そのために、…

10月(文脈を再編成する)

岸田劉生展 (東京ステーションギャラリー) 岸田劉生の絵は昔からスタンダードに見ることがあったが、以前の印象は何だか暗い感じで、どこがいいのかつかみかねていた。天才を理解できるのは天才だけだという意味のことをガートルード・スタインが書いてい…

9月(現実に関わるとは)

坂本繁二郎展 (練馬区立美術館) 一貫したことをやっている感じが心に残る。作家は1882年生まれ、1969年に亡くなっているが、戦争中でも戦後でも、やっていることにブレが感じられない。若い頃すでに洋画も日本画も何でも描ける技量があった。そのうえで、…

8月(文化とお金)

8月11日から21日にかけて、トゥバへのツアーに参加した。トゥバ共和国はロシア連邦の中の共和国の一つで、大まかにいえばモンゴルの北側にある。このツアーは、音楽家の巻上公一さんが行なっている。巻上さんは90年代からトゥバとの交流を続けている。そのた…

7月(身体・言語・分裂)

Becoming in the City Performance Project パブリックスペースと劇場を結ぶ、都市縦断型パフォーマンス (渋谷ハチ公前、警察署前歩道橋、森下Sスタジオ) 振付・テキスト 山崎広太 コラボレーション・パフォーマー 穴山香菜、とだかほ、中林香波、松尾望、…

抽象力で把握する

空間の潜勢力=坂田一男を通して考える、抽象の力 (馬喰町ART+EAT) 岡﨑乾二郎、成相肇 東京ステーションギャラリーで「坂田一男展」を準備中ということで、それに先立つトークイベントがひらかれた。展覧会は、個人の回顧展にとどまるものではないようだ…

5月(手段の開発)

空間を編む (TABULAE) 鈴木なつき たとえていえば型紙を切り抜いて三次元空間に立てたようなつくり。切り抜かれた空間と切り抜いた空間が互いに写像し合って自律しているように見える。タブラエという場所のかたちが所与の条件で、条件に従って空間をいわ…

4月(即興と詩)

Fushigi N°5第三回公演 (ALOHA LOCO CAFE)向坂くじら、橘上、永澤康太 何かについての言葉であるよりも、それがその何かであるような言葉、そういうものが詩だと考えたい。詩の形式で書かれた言葉であるよりも、パフォーマティブな言語行為、言葉の出来事…

3月(理論という他者性)

DOMANI・明日展 (国立新美術館) 村山悟郎さんの作品は、いわば画布の生地を織る(編む)ことから、つまり絵画の支持体を作ることから始められている。細長くとがった先が始点なのだろう。支持体の構造に理論が関わり、その作り方(手法)を実行するプロセ…

2月(受け手の経験をつくるとは)

マクドナルド放送大学 (MISA SHIN GALLERY) 高山明(PortB) 高山さん・PortBは、みる側の経験として演劇をとらえたことによって、やる側とみる側という一方向のパタンから転回したと思える。演者が演じることをつくるより、観客の経験(行動や認識など)…

1月(言葉とパフォーマンス)

私の頭の中のメディウム・スペシフィティ (blanClass) 川原卓也(パフォーマンス) 藤枝静男の小説『田紳有楽』をテキストとして用い、一部朗読もしている。物が物を演じるという意味として絵具を塗って、川原さんの肉体がメディウムになっている感じがし…

12月メモ

ポエトリー・イン・ダンジョンvol.1 (アートスタジオDungeon) 永澤康太さんの自作詩のやり方は独特なものだ。書くことより、うたうこと、語ること。いちいち覚えながらつくっているのだろう。私的なことが詩にされている。感情、気持ち、思いが強い。この…

11月メモ

ポスト・インプロヴィゼーションの地平Vol.6 (Art×Jazz M’s)細田成嗣(企画、対談)、大城真(ゲストアーティスト) ミニアンプの出力と入力をつないで発振器にして音を出させているものを複数置いていく。それらは影響を与え合いかつ影響を受け合う。大城…

10月メモ

ユーラシアンオペラ東京2018 (座・高円寺) サーデット・テュルキョズ(vo.)、アーニャ・チャイコフスカヤ(vo.)、マリーヤ・コールニヴァ(vo.)、サインホ・ナムチラク(vo.)、三木聖香(歌)、坪井聡志(歌)、津田健太郎(歌)、吉松章(歌)、伊地知一子(…

9月メモ

第11回JAZZ ARTせんがわ (調布市せんがわ劇場) このイベントは今回で最後といわれている。詩、声の表現に関心をしぼって行ってみた。 9/15 「詩×音楽」 三角みづ紀(詩)、近藤達郎(ピアノなど)/巻上公一(詩)、ヴェルナー・プンティガム(トロンボーン…

8月メモ

涯の詩聲 詩人吉増剛造展 (松涛美術館) 吉増さんだけでなく、つながりある人たちの作品や資料も展示されている。亡くなっている人がほとんどだが、この場によばれている感じ。また、これまで出版された吉増さんの本を、手に取って読むことができる。落ち着…

7月メモ

ゴードン・マッタ=クラーク展(東京国立近代美術館) この人の仕事を美術館の中で紹介するというのは矛盾したことなのかもしれない。いわば美術館に穴を開けるような、現実の空間秩序と別の空間を経験させることをしていたのだから。 作品というだけでなく…

6月メモ

テニスコートのコント「浮遊牛」(ユーロライブ) いくつかのコントで構成されている。個人的によかったのは例えば次のようなもの。 ① 三人いて、それぞれ一人で過ごしている。うち一人が、ふとひとり言をいう。他の二人が、その言葉につっこみを入れる。 ② …

5月メモ

ハロー・ワールド 展 (水戸芸術館) 説明的に思える作品が多い。 あるいは、どういう作品か説明がついてしまうような作品。 (本展の)アーティストは分かっている立場だ。 そうでなくてもよいはず。徴候的なもの、それじたいが徴候であるような事物や事象…

4月メモ

ルドン展(三菱一号館美術館) 幻視というのは自分の中の想像や夢想が自分の外に見えるということだろうか。幻覚はおそらくもっと受動的で、視覚的空想力のはたらきの度合いの違いがあるのだろう。壁画に描かれたひな菊など見ていると、サイケデリックという…

3月メモ

あなんじゅぱすライブ、ゲスト藤井貞和、ネイキッドロフト 藤井さんが、自分が書いているのは「現代詩」だと話していたのが印象的だった。短歌のように続いているかたちがあるものではなく、いつ書けなくなるか分からない、いつでも書けなくなりうるものとし…

2月メモ

世界に対する知と信 TALION GALLERY 駒込倉庫 正面切ったタイトルでやや一般論的な感じもするけれどストレートだ。 例えば、高柳恵里さんの作品に、紙や毛布や小さな電卓や空き缶が、いっけんただ置いてあるように見え、よく見るとそれらが底面の細工によっ…

1月メモ

practice、affair、などとよばれた堀浩哉さんの’70年代の試行を振り返る機会があった(金子智太郎・畠中実、日本美術サウンドアーカイヴ、1月7日三鷹SCOOL)。 学生の頃古本屋で買った「美術手帖」のバックナンバーで写真など目にしたことがあり、ポイエーシ…